乳房温存療法
乳がん手術における1990年代
乳がん手術における1990年代は、革命的といっていいほどの変化の時代でした。具体的に言えば、長年標準治療として君臨してきたハルステッド手術が急速に影を潜め、乳房温存療法がそれにとって代わったことです。
このことは、言葉を換えれば「命あっての物だね、姿形は二の次」という考え方に基づく治療から、美容を含めた術後のQOL(生活の質)を重視した治療といっていいでしょう。
3つの比較
美容を含めた術後のQOL(生活の質)を重視した治療への変換を用意したのは、いくつかの大規模な臨床試験の結果でした。中でも決定的だったのが、1985年に発表された試験結果で、それによると、①乳房部分切除術 ②乳房部分切除術+残存乳房への放射線照射 ③乳房切除術(いわゆる全摘出)の3群比較をしたところ、3群ともに生存率に差はなかったというのです。つまり、大きく切除しなくてはならないとする根拠がなくなったのです。こうして乳房温存療法が確立されていくのですが、小さく切除するという治療法の流れを後押し、いや引っ張ったのは乳房を残したいという女性たちの当然過ぎる願いだったことは言うまでもありません。乳房温存療法は、2001年現在で全乳がん症例の約40%に行われており、現在はおそらく半数に達しているであろうことは、先に書いたとおりです。
比較臨床試験のこと
1961年、イギリスで、ハルステッド手術と温存療法を比べる試験が行われました。結果は温存療法に不利なものでした。しかし、温存療法のやり方に問題があり、この結果は参考にならない、ということになりました。1973年にはイタリアで、Ⅰ期の患者さん700人を2群に分け、それぞれハルステッド手術と温存療法を行う試験が行われました。結果は、転移出現率、生存率ともに差はないというものでした。他にもハルステッド手術と非定型手術(ハルステッド手術が長いこと標準治療だったことから定型乳房切除術と呼ばれているのに対し、それ以外の手術をこう呼ぶ)を比較した大規模な試験が5つ報告されていますが、いずれも温存群、全摘群に生存率の差はありませんでした。
乳房温存療法の術式
乳房温存療法は、がんをきれいに取り除く根治性と、美容的に満足のいく姿に乳房を残せるかどうかという整容性、その両方が満たされると判断されたときに可能になります。先の項で、がんが5cm以下なら基本的に温存療法の対象と書きましたが、本来何cm以下や以上で決めるのは間違いです。がんの大きさは同じでも、乳房の大きさによって残せる場合も残せない場合もあります。あくまでも乳房の大きさとがんの広がりを相対的に検討して決定されるべきでしょう。
乳房温存手術の術式には乳房扇状部分切除術と、乳房円状部分切除術の2つがあります。
注意
乳房温存療法という場合は、放射線治療も含めた治療全体を指しています。乳房温存手術は、乳房温存療法で行われる手術のことです。
乳房扇状部分切除術
乳房扇状部分切除術は、がんを含む乳房を、乳頭を扇の要として扇状に切除します。部分切除の中ではもっとも広範囲に切り取る方法です。したがって、がんを取り残す可能性は少なくなりますが、乳房の変形は大きくなります。
乳房円状部分切除術
乳房円状部分切除術はがんを中心に1~2cmの正常乳腺をつけて切除します。切除範囲は狭いので、乳房の変形は小さいのですが、その分、がんを取り残す可能性はやや大きくなります。
扇状・円状どちらの場合も切除して欠損になった部分は、周囲の乳腺や脂肪を動かして形を整え、術後に放射線照射します。
リンパ節郭清については、センチネルリンパ節生検を行うのが、最近は一般的です。
対象外の場合
乳房温存療法は手術と術後の放射線照射は、セットと考えられています。そのため「乳房温存療法ガイドライン」では、放射線照射ができない次のようなケースを温存療法の対象外としています。
①重い膠原病の人
②同側胸部に放射線照射による障害がある人
③照射を希望しない人
乳房温存療法が増えたのは
乳房温存療法が増えたのは、ひとつはがんが小さい範囲で見つかるケースが増えたこと、、もうひとつは術前化学療法が増えたこと、以上の2つが考えられます。特に後者は、従来なら温存療法が不可能な大きさの乳がんに対しても温存療法を可能にしたのですから、対象の幅を広げることに貢献したといえるでしょう。
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