分子標的療法

分子標的療法

分子標的療法の登場

「ホルモン感受性 陽性 陰性」の項で「治療の面では、ホルモン感受性陽性の方が選択肢が多い分有利」と書きました。しかし、分子標的治療薬トラスツズマヅ(商品名ハーセプチン)の登場で、一概にそうも言えなくなりました。というのは、トラスツズマヅが効くのはホルモン感受性陰性の人に多いのです。乳がんが再発しても、ホルモン療法が効く人は5~10年の延命効果が期待でき、仮にホルモン療法が無効でも、トラスツズマヅが効けば、3~5年の延命効果が期待できるところまできています。ホルモン感受性陽性の人は60~70%で、トラスツズマヅが効く人は15~25%といわれています。単純に足し算をすると75~95%の人はホルモン療法か分子標的療法の恩恵にあずかることができるわけです。このように、がんの個性に合わせて治療法を選択できるのが、乳がん治療の大きな特徴のひとつなのです。

ハーセプチン

 HER2タンパクに対する抗体で、マウスからつくられました。そのままでは異物なので、免疫に攻撃されてしまいます。そこで遺伝子組み換え技術でヒトの免疫グロブリンに組み込み、免疫に攻撃されないようにしてあります。ハーセプチンを使った治療を抗体療法とも呼びます。

HER2(ハーツー)

 トラスツズマヅが効くのは、HER2という受容体が過剰に出現している乳がん細胞に対してです。HER2は細胞膜を貫通するように存在していて、増殖に必要な情報を細胞の外から細胞の中に取り込む働きをしています。HER2がたくさん出現している(過剰発現といいます)から、がん細胞はたくさん情報を取り込むことができ、活発に増殖できるのです。つまり、HER2がたくさん出現しているがん細胞は「タチが悪い」といえます。トラスツズマヅはこのHER2受容体に取り付き、ふたをして、情報を取り込めなくしてしまうのです。

トラスツズマヅが効くかどうか

 トラスツズマヅが効くかどうかは、乳がん組織を染色する方法で判断することができます。染まり方を0、1+、2+、3+、の4段階に分類します。3+が、HER2がもっとも過剰発現しているもので、2+以上がトラスツズマヅによる治療対象になります。効果という点では、2+より3+の方が大きいことがわかっています。

トラスツズマヅ+ウィークリー・タキソール

 タラスツズマヅ+ウィークリー・タキソールの組み合わせがもっとも効果的だといわれていますが、単独にせよ抗がん剤との組み合わせにせよ、HER2陽性の転移性乳がんに対してトラスツズマヅを投与することは、ガイドラインでは推奨度Aです。

どの程度の効果か

 転移性乳がんに対する初回治療として、トラスツズマヅ単独の使用で効果があったのは26%です。また、化学療法単独よりもトラスツズマヅを併用した方が成績が良く、特にタキソールとの併用は。57~62%で効果があったと報告されています。

FISH法

 3+では約半数の人に、2+では1割の人に効果が出るとされています[2+の人にはFISH法という検査を追加して行い、陽性であれば、トラスツズマヅを投与する]という方法が、より正確で推奨されています。

トラスツズマヅの副作用 その1

 分子標的治療薬という名前からもわかるように、トラスツズマヅ」は病気の原因となる分子にのみ作用します。増殖の活発な正常細胞までも攻撃してしまう従来の抗がん剤とは、この点で大きく異なります。したがって吐き気や脱毛といった副作用はほとんど出ないのですが、薬の働きからは説明できないような副作用があります。ひとつは発熱・悪寒で、これは最初の投与で40%の患者さんに出ます。しかし、2回目以降は5%に減ります。

トラスツズマヅの副作用 その2

 もうひとつの副作用は、心不全です。軽い運動などで息が切れるなどの症状が5%の患者さんに出るとされています。そのため、もともと心臓に副作用が出るとされるアンスラサイクリン系の抗がん剤と一緒には使えません。また、治療中は定期的な心臓の機能検査が必要です。

トラスツズマヅの可能性

 術前化学療法のところで、トラスツズマヅを使ってがんが消えたというアメリカの研究結果を紹介しました。しかしこれは研究段階の話で、現在トラスツズマヅが承認されているのは、転移性乳がんの治療薬としてです。術後補助療法として効果があるかどうか、いくつかの臨床試験が行われていますが、再発抑制効果については、まだわかっていません。また、ホルモン剤との併用療法についても、効果のほどは確認されていません。トラスツズマヅ(ハーセプチン)がアメリカで承認されたのが1998年、日本では2001年です。まだまだわからないことも多く、それだけに期待も大きい療法といっていいでしょう。
 遺伝子工学による薬品開発はめざましい勢いで進歩しています。トラスツズマヅには「過剰発現したHER2」という条件が必要でしたが、HER2が過剰に発現していない乳がん患者にも効果がある分子標的治療薬の研究なども進んでいます。



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